【堀江翔太】父親の慎一の顔画像!着物の営業マンで闘病生活!シンソウ坂上

2020年1月30日木曜日放送の番組「直撃!シンソウ坂上」(フジテレビ)に出演した「ラグビーワールドカップ2019」に出場したラグビー日本代表堀江翔太選手(パナソニック)。

堀江選手にとって背中を押してくれた存在は、2019年3月21日に亡くなった慎一さんでした。

今回は、堀江翔太選手と亡き父親・慎一さんの間にある強い絆についてご紹介したいと思います。

堀江翔太選手のプロフィール

名前 堀江 翔太(ほりえ しょうた)
ポジション HO フッカー
身長/体重 180㎝/104㎏
生年月日 1986年1月21日
出身地 大阪府

堀江翔太選手の父・慎一さんの顔画像

直撃!シンソウ坂上」では、余命半年と宣告された父親が10年間生き抜いた奇跡の裏にあった、堀江翔太選手と亡き父親の絆について明かされました。

闘病しながらも堀江翔太選手を支えたの慎一さんはどのような方だったのでしょうか。

 

堀江翔太選手の父・慎一さんの画像はわかり次第追記します。

堀江翔太選手の堀江翔太選手の10年間がん闘病の父・慎一

引用元:直撃!シンソウ坂上

堀江翔太選手のお父さんは「ラグビーワールドカップ2019」開幕前の2019年3月に他界されました。

2009年に大腸がんを患い既にステージ4の状態、余命半年と宣告されていました。

しかし、そこから10年間の闘病生活をおくりながら、誰よりも息子・堀江翔太選手の活躍を願っていたのでした。

堀江翔太選手と父親の関係は?父親の職業は?

若いころの慎一さんは着物のセールスマンをしていて、出張ばかりの日々だったそうです。

その頃の父のことを「ほとんど家にいなかった」と堀江翔太選手も語っています。

母、兄と3人で出張先に旅行がてら会いに行くこともあったそうですが、「おやじとの思い出は本当に少ない」そうです。

堀江翔太選手がラグビーを始めたきっかけは父・慎一

堀江翔太選手は、吹田ラグビースクールに入る小学5年まではラグビーではなくサッカーをやっていたそうです。

もともとやっていたサッカーが楽しめなくなった頃に、父親の勧めでラグビー教室に行ったことがラグビーを始めるきっかけとなりました。

もともとはサッカーをやっていたのですが、いまひとつ楽しめていなかったようでした。主人自身は運動はしませんでしたが、ラグビーを見るのが大好きで。それで翔太にもラグビーを勧めたんです」

と両親は語っています。

当時の堀江翔太選手はなかなか練習に参加しようとせず、母親にしがみついているような気弱な子だったそうです。今の堀江選手からは想像もできませんね。

親子の時間があまりとれなかった慎一さん。しかし、堀江翔太選手がラグビー日本代表となり成功を収めるきっかけを作ったのは慎一さんで、誰よりも応援していたはずです。

闘病中も応援してくれた父親

背中を押してくれたのは父だった

堀江翔太選手は帝京大学卒業後、ニュージーランドにラグビー留学するか悩んでいました。

日本のトップリーグへの道を案じ留学に反対した母親に対し、父・慎一さんは「お前がきめたんだったら行ってこい」と送り出してくれたそうです。

厳しい世界に飛び込もうとする息子の背中を押してくれたのは、またしても慎一さんでした。

闘病生活中の楽しみは息子の活躍

そんな父・慎一さんの闘病生活における数少ない楽しみが堀江翔太選手の活躍でした。

観戦できない代わりに息子の写真やグッズを収集したり、堀江翔太選手がラグビーの話をするのを楽しそうにきいていたそうです。

そして何よりも気にかけていたのは堀江選手の身体のこと。「ケガだけはしないように」という言葉が口癖のようになっていました。

堀江翔太選手からのプレゼントは代表のジャージ

堀江翔太選手はトップリーグや日本代表として試合で活躍すると、そのときのジャージを病室にいる慎一さんにプレゼントして、いつも楽しみにしていたそうです。

2015年のW杯では日本代表が優勝候補である南アフリカに勝利し、日本中が熱狂しましたよね。

試合の中継が深夜であったにもかかわらず、慎一さんは「えらいことになってるぞ!」と、母・則子さんを起こすほど興奮していたそうです。

もちろんそのときの日本代表の桜マークがついたジャージもプレゼントし、今は仏壇のそばに大切に飾ってあるそうです。

父親への思いを語る

引用元:直撃!シンソウ坂上

2018年秋に右足疲労骨折を負った堀江翔太選手は、ニュージーランドでの日本代表候補の強化試合で半年ぶりの実戦復帰を果たしました。

その遠征に旅立つ直前の2019年3月21日、父・慎一さんが大腸がんで亡くなったことを明かしました。

父はよく生きてくれた。頑張ってくれた」と語った堀江翔太選手。

息を引き取った父を見て、「僕のプレーをいちばん気にしてくれていた」と誰よりも応援してくれ、背中を押してくれた父に感謝しています。

日本ラグビーを支え続けている堀江翔太選手の裏には、余命宣告から奇跡的に10年間生き抜くことができた亡き父親との強い絆がありました。

まとめ

この記事では、ラグビー日本代表堀江翔太選手と、亡き父親慎一さんの間にある強い絆についてご紹介しました。

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